感動の講演録

講演『人は何によって輝くのか』
講師…神渡 良平 様(作家)

何が心の琴線に触れているのかは分からない。
けれども、涙が出てどうにもならない。隣もハンカチで目を拭いている。後ろからも鼻水をすする音。情景がまざまざと現れ、感情が蘇る。過去の自分の体験と重なって、涙が止まらない。

鍵山秀三郎相談役の会社イエローハットに伺ったときの話です。ちょっと見せたいものがあると、本社1Fのバックヤードに連れて行かれました。そこに、古いタイヤが百何十本置かれておりました。
このタイヤを引き取り、運転手と2人で積んだら1時間や2時間では済まない。それを総務の人を呼んで10人で手伝うんです。すると20~30分で終わる。そういう心がけなんですね。
その脇にはクーラーボックスが置いてあり、そこに「ご苦労様でした。」と書いてあるんです。
タイヤの引き取り業者に心遣いをされている。

場面場面でお話を伺っていると、なぜ鍵山先生に惹かれるのかが分かります。
お寺の和尚ならいるが、ビジネスのど真ん中にいて一部上場になるような会社で、痛みの分かる経営者であった事が、皆を惹きつけて離さない。そう感じたのです。

1.人生はたった一度しかない!だから取りこぼしてはならない

・・・脳梗塞がキッカケで与えられた気づき。
38歳の時、脳梗塞で倒れました。それまで編集の仕事をしておりましたが、出世したい!もっとスポットの当たる仕事がしたい!まさに『オレがオレが』の世界におりました。
3日間は意識がない。4日目にようやく目を覚ます。担当の先生から、左側の脳がやられ、「上手く行かなければ車椅子の生活になる事も覚悟して下さい」 と言われ、お先真っ暗になりました。

仕事が面白くてたまらない38歳。・・・落ち込みました。人生失敗したなぁと思ったのです。
家内は励まそうとして、ありとあらゆる本を持ってきてくれました。その本の中にある言葉がありました。水棲(すいせい)虫のような人生を送ってはならない。安岡正篤先生の言葉でした。
目を覚ましなさい。人間どんな人でも一隅を照らそうという思いで一途に取り組んでいけば10年、20年その先に成し遂げられるものがある。→足元の第一歩から一隅を照らす人になると決意。

2.一隅を照らす人になる!

家族を養うにはどうしたらいいだろう。寝たきり。食べていく事が出来ない。将来に不安。そんな時、孔子が禅休にさとした論語に出会う。禅休は頭は切れるが引っ込み思案。
私を過大評価してくれるな。と悩んでいた。

人間と云うのは宇宙を作っている大いなる存在の地上における現れであって、50年60年かけて形ある理想を手にするもの。お前の良さも欠点も含めて、何かしらの仕事をしようとしてくれているのに、何を言う。良さも悪さも含めて天に預けてしまえ。

3.汝限れり

お前は自分で自分を制限している。やりもせん前から尻込みしている。

4.人生はそういう立場になってみなければ分からない世界。

先が見えない。
あえてそういう仕事(不本意な)を経験しなければ分からない事が起きたら「ありがたい」と思う。

5.私はもう一度歩けるように、字が書けるようになりたいんです!

病院の東端から西端まで普通の足で1、2分。そこで右足を持ち上げ一歩前へ移動して、左足を持ち上げ一歩前へ移動する。これやると半日はかかります。その姿を見た先生は・・。

先生「神渡さん。止めて下さい!リハリビは安定してからGOサインを出しますから・・。」
神渡「先生。気を遣って下さるのはありがたいのですけれど、脳は言語障害、歩行障害を起こしリハリビが唯一の治療です。刺激を与えれば、やられたところはダメでも、その周辺が替わりの機能を働かせるんです。」医学を目指した経験から、先生を説得しました。
先生「それは分かるが危険がある!」
神渡「私はもう一度歩けるようになって、字が書けるようになって、自分だけじゃなく家族も養わなければならないんです。・・・先生、見て見ぬ振りをして下さい!

6.残された時間は5年!

懸命のリハリビのお陰で、手がブラブラの状態から驚異的な早さで、退院となった。
退院する際、先生は言った。「5年以内で再発すれば、ほぼ間違いなくあの世行きです。」

・・・残された時間は5年。そう解釈した。
この5年間で、私は何を学んだのか。人生を渡る秘訣は何なのか。を明らかにする。
→ 安岡正篤先生の伝記を執筆する事を決意。

7.玉の輿乗ったつもりが欠陥車(当時の川柳より)

書くとは決めたものの、本を一冊も書いた事がない。相手にされず、路頭に迷う。
家内に相談すると・・。

「今度の仕事はあなたの人生の総決算でしょう。本になるところまで頑張って欲しい。」
「仕事は私が探してくる!」 ・・・ヤクルトおばさん。子供を保育所に。神田でヤクルトを売る。
保育所から帰り、夕食を作っているときの家内の一言「玉の輿乗ったつもりが欠陥車」

8.処女作『安岡正篤の世界』がベストセラーに

もう一度頑張ろう。と奮起。4年半かかって書き上げた。
出版社に持ち込んでも読んでもらえない。神田の同文館でやっと受けてくれたが広告の費用はない。本を読んだ人が次々に伝えて、第一版第二版・・・・とついにベストセラーになる。
碎啄同機(そったくどうき)ひよこの雛は卵の内から、コツコツとつつく。親が外からコツコツとつつき、ふ化する。内の中にこのままではいけないと問題意識があるから一隅を照らすという言葉に惹かれた。→天は私に脳梗塞を与えて本を書かせた。

9.四国巡礼の旅 ・・・自分との対話(お礼参り)

1日35キロ、40日間の行脚を計画。それも一番暑い夏の8月1日から。
1日9時間から10時間。35キロは簡単ではなかった。夕方になってもまだ着かない。

当時の体重は84キロ。足は又ズレ。やっとやっとガニ股で歩いていた。
ふと気づくと後ろからバイクに乗ったおじさんがバイクを止めて、バックからガサガサと探す。
すると100円玉を2個出して言いました。「これで缶ジュースでもお買いなさい。」

嬉しく。ありがたく。涙が出てきました。思わずその方に手を合わせて「南無大師遍照金剛」と唱えました。その初老の男性も頭をさげ、そのまま進んだ一宮橋の上で、いよいよ涙が止まらず立ち止まり号泣したのです。

どうして四国にはお接待という風習があるのか。スイカを切ったからどうぞ。あるいは小さな女の子からリポビタンDを差し出される。お陰さまで、やがては1日40km50km歩けるようになり、目標より4日間短縮で36日目に到着しました。

10.気づき

お遍路が終わったとき、弘法大師様になぜお遍路を私にさせたのですか?と内なる心に聞くと、『1本の缶ジュースが涙して受け取れない世界』がある事を身体で、心で感じて欲しかった。・・・自分みたいなものにもお接待くださる。オイオイ泣いた。

【人生は逢うべき人には必ず逢わされる。それも1秒早くもなく、1秒遅くもなく。】
という森信三先生(日本の教育界の父)の言葉を思い出しました。
大切な出逢いは期を熟させる。遠回りも悲しい思いをさせているようだが、期が熟すためなのだ。と気づいたのです。

一つの出逢いの時を迎えたとき、人間は腹が据わる。よし!受けて立とう。
どの人にも1ランク上2ランク上の人生がある。→それには覚悟がいる!

11.覚悟

覚悟は人間その人の能力を引き出す契機になる。一流企業に入れなかったとして、この人生たった1回。無駄にする事はない。評論する人には人はついていかない。

覚悟があれば、たとえ学校に行けなくとも、すべての事を肥やしにしていけます。
覚悟はそれぞれの持ち味。天は覚悟を引き出そうとしている!

12.今までの人生を振り返ると

一.感性を育てる・・・アラスカでのオーロラ。赤紫、白、紫、光のページェント。素晴らしい眺めも写真に撮ると、大パノラマまでは映らない。見渡す限りの雪の原。根雪が溶けて水がぬるみ春を迎えて、緑の草原、向こうにはマッキンレー。
人間も大自然の子ではないか。人間にとって根雪が溶けるとは・。

二.内観
1970年の安保の真っ最中、医学を目指しながら授業の行われない大学に失望。退学へ。
大学を中退した学歴のない人間が、自分の能力を引き出すためにはどうしたらいいか。
→自分探しの方法として内観(1畳を屏風で囲み、静かに自分の心を見つめる)を知る。
泥水をコップに入れたとします。暫くすると上澄みの液と下に泥がたまってきます。
静かな時間を持つことで、振り返った記憶が蘇るのです。
自分が大きくなる過程でどういう事が起こったか感じるのです。

三.私の人生の記憶 (内観で観たものに・・)

お前たちは母ちゃんの命!
小学校2年生の頃。父と母は離婚するかもしれないほどの状態でした。
父は酒を飲むと、口喧嘩が始まり、それから母を殴る蹴る・・。小学生だった私は耳をふさいでおりました。母はとうとう泣き出して身支度にたんすに手をかけます。

それが何を意味するのか。小さい私は気づいていました。母の袖にしがみつき、気が付くと妹も反対の袖にしがみついておりました。そうなっては母も動けません。
二人をしっかり抱きしめると、泣きながら言いました。
「母ちゃんが悪かった。もうどんなに悲しい事があっても、苦しい事があってもお前たちを残して離れる事はないから。」「お前たちは母ちゃんの命・・。」

母ちゃんの手紙
人間愛されていると実感があれば強い。
小さい頃から医者になろうと決め、久留米中学へ通うため、叔母の家に行く事になりました。両親は駅まで送りに来てくれました。列車が走り始めると両親も走り始めて追ってきます。私は窓から大きく身を乗り出して振り返り大きく手を振りました。

叔母の家に着くと、暫くするとホームシックにかかりました。アパートの4階で他の家の窓から団欒の灯りが見えてきます。田舎へ帰りたい・・。ポロポロ涙が出てきました。思っていると通じるんでしょうか。そんな時母から手紙が送られてきました。

食料品店を営んでおりましたから、夜は遅く帳簿をつけた深夜に書いてくれたのです。
「母ちゃん何が大切かは分かっている。コツコツと裏表なくやる人には誰かが見ている。今日の務めを果たせよ。」

自縄自縛の縄が解ける!
大学は革命ごっこの状態になり、学校を辞めると言うと、両親が飛んできました。
父はどういう気持でお前に学費を出したか。爪に火を灯すようにして出した金だと、説得を受けましたが、その頃は頭でっかちで両親を振り切りました。

両親にとっても、九州大学の医学部に入る息子は自慢でしたが、学校に行かなくなり、辞めてしまった事を卒業時期が来ても近所の人にも言えないでおりました。

私の家は3人兄弟で私が長男。正月の新年の祝いには皆が集まるのですが、帰りませんでした。いや。帰れなかったのです。数年たったある年、弟から聞かされました。
「兄ちゃん。なんで帰って来ないか。元気な顔さえ見せてくれたら。それでいいって。親父泣きながら言っておったぞ。兄ちゃん。帰って来てあげて。」

内観していた私は、「申し訳なかった」っと、畳にひたいをこすり付けて泣いておりました。心に溜まったものが融けて流れていきました。屏風の中で思い出したのです。

今、人間として様々なことを経験しながら成長してきているのも、命を与えてくださったから。熱が出たと言えば医者へ連れて行き・。産んで頂いたこと。ありがたい!

その時、まるで温泉の中にいるような、温かい自分が還ってきました。
命のルーツに出会い、自縄自縛の縄が解けたのです!

父の最期
内観は人生のキャンパスに絵を描くようなものです。その中で父や母を再発見した。
内観も人生の転機となりました。

今年1月90歳で父が亡くなりましたが、去年2回目の脳梗塞を煩った時です。
父は下の世話を受ける事にプライドを傷付けられ、ベットで死にたいと言っていたと妹から聞かされました。

点滴のチューブを首に巻きつけ、自殺未遂をしました。講演を終えて急遽鹿児島へ帰りました。その時「海ゆかば」のCDを父に聞かせました。
『海ゆかば』(解説例:http://www.tetsusenkai.net/kokutai/umiyukaba.htmlより)

海ゆかば

父はインパール作戦で血と血の戦い将兵たちの屍を乗り越えて帰って来ました。

すると父は目頭を閉じて、じっと聞いて涙を流しました。
その後は看護婦さんに下の世話が終わると拝むのです。動く左手を上げて拝むのです。・・・・今年の1月。最期は正しく仏の様な姿になって天国へ行きました。

13.瞑想の薦め

ひとり静かな時間を持ったときに、お世話になった方々の、あーこの人は私の事を分っている!!という事が伝わる。
西村直記(ジャズピアニスト)のシンセサイザーにより音楽巡礼をお遍路によって行う。
その西村さんの曲をバックに私が読んだ詩を紹介します。
ニューヨーク州立大学病院の病室の壁にある患者さんが書き残されたものです。

ニューヨーク州立大学病院の病室の壁にある患者さんが書き残されたもの

作曲・演奏 西村直記 、朗読 神渡良平 詩と瞑想「いと高き者の子守唄」CDより

14.無力感との闘い

人生には意味がない事は起きはしない。
失敗も何もその事を通じて学んでいく。

安岡正篤・・・「一隅を照らす」を決意した者が必ずぶつかる壁がある。それは無力感だ。
こんな何百人もいる中で、私一人が思っていても・・。会社の社長もこんな数千数万の会社がある中で私一人がやったところで・・。みんなそれぞれの無力感を感じている。
まず、自分の持ち場で一隅を照らす事ができるようになる。それには自分の中にある無力感とまず闘う事だ。人生に細々な事を越しながら、その中で成長していけばいい。

15.野口雨情の話

彼は泣かず飛ばずの生活をしておりました。小樽の小さな小さな新聞社で働いた後、札幌でも長続きせず職を転々とする日々でした。所帯は持っていましたが、最初の子「みどり」が7日目にして高熱で亡くなってしまいます。正に自暴自棄になっておりました。

そんな時、夢の中に目にいっぱい涙を浮かべてあの子が泣いていたのです。
目が覚めると、「このままでは死んでもあの子に顔向けができない。」

一大奮起して出来たのが「赤いくつ」でした。その後「雨降りお月さん」「シャボン玉」と童謡が次々とヒットしました。あの子に「お父さんは諦めないぞ」と言ってやりたかったのです。

シャボン玉この詩は
ひとりの父親が諦めないで生きるから
どうか励ましてくれと死んだ娘に願う
気持が表れています。

多くの方のお世話になっている
多くの人々の支えがあって
今の私があるのに、このままでは・・。

ありがとうございました。 お陰さまで。
という具体的な仕事、お客様との関係が多くの方々からありがとう!
と言われる会社になるのではないでしょうか。

この歌を先生ご自身が歌ってくださいました。・・・・・・・・・・・受講者一同涙。


大自然の雪が融ける。→自縄自縛の縄が解ける。と見事につながっていきます。
人の心の奥底にある拘りや強がりが融けていく。その後に感じる暖かい温泉のような温もり。
一瞬。体が包み込まれるような温かさを感じました。

表題の「人は何によって輝くのか」を考えておりました。・・・その答えは見つかりましたか?
講演を聴きながら涙で手が止まり書けていない所は、思いをつなげて書かせて頂きました。
・・・ありがとうございました。

この講演録のPDFファイルが欲しい方はご連絡ください。連絡先:hsm@jf7.so-net.ne.jp